2.3 跡地処理対策

ヨーロッパ各国の骨材政策のうち、最も力を入れ、かつ業者が真剣に取組んでいるのが、この採掘跡地の改装と修復である。改装、修復のパターンは、国情や埋戻し材料入手上の問題、あるいはその付近との環境調和との関係などから一定していないが、改装修復資金として、積立金制度や徴税還付金方式などが活用されていることは、共通した事実である。

第3・7図は西ドイツ・ウルフラート石灰鉱山クラブにおける記念写真であるが、この場所はかつて同鉱山の沈殿池跡であったという。また第3・8図は陸砂利採取跡を、総合レジャーランドに改装中のベルギー・オランダ国境の例である。このレジャーランドの改装は、同区域の砂利採取が終了した1971年(昭和46年)から始まり、1975年完成が予定されている。

第3・7図 旧沈殿池跡に立てられた社員クラブ庭にて
第3・7図
旧沈殿池跡に立てられた社員クラブ庭にて。
第3・8図 レジャーランドに改装中の旧陸砂利採取場(ベルギー・オランダ国境)
第3・8図
レジャーランドに改装中の旧陸砂利採取場(ベルギー・オランダ国境)

前方にひろがる池は、かつての切羽で、一部は遊泳場や釣場、そして他の一部はボート場などになり、手前の埋立部分は別荘区域、そして遠方の森の中にはバンガローやテニスコート、乗馬クラブなどの敷地がすでに確保されている。さらに驚くべきことは、このレジャーランド内および周辺に植えられた樹木の取扱い方だろう。

1967年(昭和42年)、この砂利採取場が稼働に入る以前、まづ採掘区域全体に生えていた樹木は、根ごと引抜かれ、ひとまず他所に移植された。やがて終掘となり、埋戻し改装が始まったので、移植地から再び元の場所に戻されたものだという。「不幸にして3~4割は枯れてしまった」とは、この改装工事の責任者で、かつての砂利採取場責任者Verscheure氏の言葉であった。

第2・25図(前出)は、ベルギー領リェージュとオランダ領マストリヒトの中間に存在する唯一の河川敷砂利採取場と、その跡地修復計画図である。換言すれば、エースデンと呼ばれるこの地区の砂利採取は、このような跡地処理計画をもっていたからこそ認可がおりたのである。計画図の説明文はオランダ語で記されているため、詳細は明らかでない、例えば「A」区域は子供のためのプールや遊び場、「C」区域は般遊びのための区域、などであろう。

英国砂利協会(S.A.G.A)所属の各業者は、1971年(昭和46年)までに8000エーカー(1エーカーは約1224坪)、約80個所の陸砂利、または河川敷砂利採掘跡地を、牧場、農地、住宅地、レジャーランドなどに改装した。そしてこれらの業績を、ひろく一般国民に知らしめるために、第3・9図のようなパンフレットを作っており、さらに跡地処理に貢献した協会員には表彰状を送るといった熱の入れ方である。パンフレット第1面の「LANDFALL」(陸地出現)の文字は、英国砂利業者の心意気をあからさまに表現したものだろう。

第3・9図 宣伝パンフレット
第3・9図
宣伝パンフレット
第3・10図 跡地処理に貢献した協会員に対する表彰状
第3・10図
跡地処理に貢献した協会員に対する表彰状。

〔担当・岩崎 孝〕